tete-a-tete

夕凪ショウの同人活動の他、行った場所や観た映画などの記録です。

展覧会よっつ 中村貴弥展+フェルメールの真珠ふたつ+レーピン展

ここ最近見に行った展覧会。

*中村貴弥展
鏡に(膠だと定着しないので)独自の定着液で岩絵具を乗せる日本画を製作されていると知り、さらに千住博さんのお弟子さんとのことで期待して、見に行ってきました。
うーん…。千住さんは好きだけど東山魁夷氏はそうでもない私。中村氏の作品は、どちらかというと東山魁夷氏に近かったような。
おそらくご本人だと思うのですが、イケメンなお兄さんが、作品のご購入者であろうご家族とにこやかに記念撮影などなさってました。

マウリッツハイス美術館
平日の午前中だったからか、予想より混雑は少なかったです。入場前に10分ほど、 〈耳飾り〉 の前で20分ほど待ちました。
展覧会はマウリッツハイス美術館の紹介に始まり、風景画、歴史画、肖像画静物画、風俗画、と内容ごとに区分されていました。
ライスダールの 〈帆船の浮かぶ湖〉 がすごく良かったです。画面の上7割ほどで広がる青空、でなく雲の描写が、油絵ならではでした。アブラハム・ファン・ベイエレン 〈豪華な食卓〉 これも前回 〈耳飾り〉 が来日した際に見たことがあるような…?グレープフルーツの透明感がたまらんですな(´Д` )


さて肝心の 〈真珠の耳飾りの少女〉 です。2000年の大阪市立美術館フェルメールとその時代展」以来ですので、なんと12年ぶり!です。その当時は 〈青いターバンの少女〉 という題での紹介だったと記憶しています。当時は今より更に幼かった(笑)のですが、今でも鮮やかに感動を覚えています。ただ記憶の中で何度も印象が繰り返されて変化していたのか、今回見たときには記憶より少々冷たい印象を受けました(解説の冊子の文章の影響もあったかもしれません)。冷静になって見つめてみると、少女の瞳が黒く冷たく感じられて、射すくめられるような。


前回は唇の濡れた光に、絵画の”絵なのに生っぽい”ところに見惚れましたが、今回もやはり、瞳より口元の方が個人的に好きだな、と思いました。卑猥な意味じゃないよ…!
でもやっぱり肖像画で口を少し開けているもの、唇の光を強調しているものって多くない気がします。お偉方の肖像画であればきゅっと唇を引き締めているものが多いですし、もちろん男性であれば髭がありますし。10代の少女の無垢さ、みずみずしさ、という意味では、大槍葦人さんの絵を連想もしました。口を少し開ける表現、二次元では定番です。


映画「真珠の耳飾りの少女」では官能性にやたらと重きが置かれていて胸焼けしましたが…。特にこの絵を描くシーンでは、画家はモデルの少女に唇を唾液で濡らすよう繰り返し指示します。さらに画家が耳飾りのピアスを少女の耳たぶに差す(しかもその真珠は奥さんのもの、という設定だったかな?)シーン、少女が痛みに震えて無言で一筋涙をこぼすのですが、うわーもうなんだそれ露骨だよーーと思ったわけです。。


ベイエレンのグレープフルーツといい、油絵の瑞々しさやハイライトの妙には特に惹かれます。
〈耳飾り〉は一度だけ水彩で模写したことがあるのですが、ターバンの光の当たってる部分では明度が高くなり、光が表面に反射して中身まで見えないけれど、影の部分では透明感が高くなり、青が深く感じられる、その感覚が本物でもその通りで、影の部分はいいなぁと思いました(言語化が困難)

*ベルリン国立美術館
フェルメールの 〈真珠の首飾りの少女〉 を見に。 〈耳飾り〉 ほど期待をこめてはいなかったのですが、〈首飾り〉もまたすごく良かったです。いや寧ろ 〈首飾り〉 の方が良かったくらい。可能な限りフェルメール作品は見てきましたが、中でも一番良いかもしれないくらいでした。少女のうっとりとした表情、窓から壁への光。シンプルで、満ち足りた、閉じた世界。主題が絞られ、要素が少ないのと、内容も描き方も、争い・恐れ・画家の苦悩など強く出てくるものが(感じられ)ない、首飾りを合わせ鏡を覗く少女の、純粋にふんわりうっとりとして、何も考えてない感(この表現力のなさよ…)が自分の理想の世界観とかぶりました。

*レーピン展
この展覧会で、レーピンさんがすっかり好きになりました。
正確で素直で表情豊かで、どんなにか人に慕われる画家だったんだろうと思います。「思いがけなく」という大作の横にはキャベツの絵があって思わず笑いました。画家にとってはどんな歴史上の大物作家も、畑にしげるキャベツの葉も、対象として同じく尊いものだったのではないかと…。
肖像画はどれもいきいきと、ハリー・ポッターの世界のように、今にもこちらに話しかけそうなほどでした。その表情はレーピン氏へ向けられたものでしょうから、画家本人の人柄が伺えます。叶うことなら私もぜひ肖像画描いてもらいたいです!
チラシにもなっていた妻の肖像ですが、開いた瞳を閉じた瞳に描き直した形跡があるそうです。モデルとして椅子に座ってポーズをとっている間に眠り込んでしまったのを、そのまま描いたのではないかという解説があり、ほっこりしました。
緻密すぎず抽象的もしない筆致は見ていて気持ちがよかったです。

これくらいの時代の油彩画独特の布のシワのつけ方が好きなんですが、当時の布が分厚かったから、なんでしょうか?描けるようになりたい…!
〈耳飾り〉 の再現衣装